1978年 、金銭問題など様々な意見の不一致が原因で、結成以来のパートナーであったフォーリーと袂を分かち、マーキュリーとの契約も破棄。 ブロンディ やスージー・クアトロを手がけたトビー・マミズとマネージメント契約を結ぶ。同年11月、ブルーが健康問題で脱退。 ローリー・マカリスター ( 英語版 ) に交代。この間、彼女たちは荒れたロックンロール的ライフスタイルを満喫する。同年、 シン・リジィ のプロデューサーであるジョン・アルコックを迎えて制作したアルバム『クレイジー・ナウ』(And Now… The Runaways)をリリース。
RAINBOW #4(1977年7月 – 1978年 11月)
RAINBOW #3(1977年5月 – 1977年7月)
1977年、一度脱退するがすぐに復帰。その後、1978年12月に正式に脱退(解雇)しソロに転向する。この時期オジーは「このころの記憶がほとんどない」といわれるほど酒や薬物に溺れ、重ねて父の死が精神的に大きなダメージを与え、日常生活にも支障をきたしかねない状態となっていた。
トラストは、1977年に ナンテール 出身の歌手、ベルナール・ボンヴォワザン(Bernard Bonvoisin/愛称ベルニー)と レ・ミュロー 出身のギタリスト、 ノルベール・クリエフ ( フランス語版 ) (Norbert Krief/愛称ノノ)を中心に結成される。レイモン・マナ(ベーシスト)とジャン=エミール・アネラ (Jean-Emile Hanela/愛称ジャノ)(ドラマー)がオリジナルメンバーとして加わる。
現在閲覧可能な複数の記述によれば、パリのクラブ、 ゴルフ・ドゥルオ ( フランス語版 ) で1977年 9月9日 、 10日 に ギャング の前座を務めたことによる演奏が最初のトラストの正式な活動であるとされる 。 ベルニーとマナは、 オランピア劇場 で舞台 大道具 職員として共に勤務しており、彼らのリハーサルも同劇場で行っていた。マルク・バリエール(後の ローズボンボン ( フランス語版 ) のジェネラルマネージャー)とジャッキー “ブフィ” プールプルは、1977年12月4日に ビジュ のデビューライブをオランピアで企画し、当時無名であったトラストを多くの観客に披露すべく、前座としての起用を検討していた。
「 イレテテュヌフォワ ( フランス語版 ) “Il était une fois”」のリーダーで作詞家の セルジュ・クーレン ( フランス語版 ) は、当時の パテ・マルコニ ( フランス語版 ) のアーティスティック・ディレクターであったローラン=ティエリ・ミエグにグループを強く推薦し、1977年10月に同レーベルと契約した。この時点ではベルナール・ボンヴォワザン、レイモン・マナ、マルク・バリエール(マネージャーとして)の名義で契約。
1977年 、セカンド・アルバム『クイーンズ・オブ・ノイズ』(Queens of Noise)をリリースし、ワールド・ツアーを敢行する。折しも勃興した パンク ・ムーブメントにも後押しされグループの勢いが加速する。同年夏に初来日。彼女たちは当時の日本におけるレコード売上げで アバ 、 キッス 、 レッド・ツェッペリン と肩を並べるセールスを誇る人気グループであり 、空港には大勢のファンが押しかけ、現場は大混乱に陥った。この時の喧騒をジェットは後に「まるで『ビートルズ旋風 』」と回顧している。日本では特集番組をはじめ数多くのテレビ番組に出演。東京公演を収録した『 ライヴ・イン・ジャパン 』はゴールドディスクに認定された。しかし滞在中にフォックスが脱退を表明。後任に ヴィッキー・ブルー ( 英語版 ) を迎えたが、続いてグループの看板であるカーリーまでもが脱退し 、それまでもカーリーとボーカルを分け合っていたジェットがフルタイムのシンガーとなる。
しかしバンド名を ブラックモアズ・レインボー としたセカンド・アルバムでは、ディオのヴォーカルに加えてパウエルのパワフルなドラミングを得て、彼の当初の理想だった「中世様式美系ハードロック」がある程度完成したとされ、その結果 レインボー は、彼のワンマンバンドではなく3人の強力なメンバーを擁したバンドと見なされるようになった。この『三頭時代』に創作された2作のスタジオ・アルバム、1作のライヴ・アルバム、後年リリースしたビデオ『Live in Munich 1977』は、いずれも高品質の作品として評価され、 日本 や ヨーロッパ では高い人気を博した。
バンドは 1976年 に、ヴォーカルと作曲担当として ディー・スナイダー を迎えた。また、ドラマーも変更し、 1978年 には元ディクティターズのマーク・メンドーサ(ベース)が加入した。これを機にバンドの指向は、 アリス・クーパー や ブラック・サバス 、 モーターヘッド などから影響を受けた、ヘヴィな ハードロック スタイルへと変わっていった。