1990年、「 白い奇蹟 」に続きバラード小教典「 BAD AGAIN 〜美しき反逆〜 」を発布し、テレビCMでも使われた。
同年、アルバム『 有害 』をリリースする。
翌月発布された極悪集大成盤(いわゆるベスト・アルバム)『 WORST 』は、オリコン1位を記録した。これはヘヴィメタルを標榜するグループでは初めてである。
8月に発布された小教典『 白い奇蹟 』は初のバラード小教典で、大ヒットを記録する。
1989年5月、5thアルバム「 HUNTING TIME 」をリリース。この頃からリーダー柴田と福田洋也との間に軋轢が発生。
1989年にバンド・練馬マッチョマンを結成し、1枚だけアルバムをリリースした後、活動を休止。1996年には「さかもとえいぞう」名義で アニメタル のヴォーカリストとしてメジャーに復帰。1stの「アニメタル・マラソン」は30万枚以上の売上を記録した。その後は JAM Project に同じくさかもとえいぞうとして参加するなど、アニメ界での活動も行う。(アンセムではこれまで通り坂本英三)2020年11月、ツイキャスにて盟友・ 福田洋也 と新バンド結成を発表。2021年春、坂本英三×福田洋也の作品を発表予定。
ウドの脱退後は、 マイケル・ホワイト に続き ロブ・アーミテージ が後任として加入するが、アメリカ人の デヴィッド・リース に決定される。またフィッシャーも再度脱退したためギタリストにイギリス人の ジム・ステイシー を加入させ、 1989年 にアルバム『 イート・ザ・ヒート 』を発表。しかし、この頃カウフマンが激しいドラミングと長年のツアーから背骨の異常をきたし活動不能になる。後任のドラマーには ケン・メアリー が加入するも、ホフマンはバンドの解散を決意。その後、ホフマンは写真家に転向し、リースはバンガロー・クワイア(Bangarole Choir)を結成、カウフマンはU.D.O.や Outrage といったバンドの作品のプロデューサーに、バルテスは ドン・ドッケン のバンドに招かれ、それぞれ活動する。
また、年末には『 第40回NHK紅白歌合戦 』にも出演した。
1989年 、 ジャック・ブレイズ (元 ナイト・レンジャー )、 トミー・ショウ (元 スティクス )、マイケル・カーテロンと共に ダム・ヤンキース を結成。同バンドのメンバーとして2枚のアルバムを発表した後、ソロ活動に戻る。
セカンド・アルバム『Wake Me When It’s Over』( 1989年 )からは、シングル「House of Pain」が全米28位のヒットとなった。