rock

1984
テッド・ニュージェント アルバム『刺青の侵入者』( 1984年 )では、デレク・セント・ホルムズに代わり、後に バッド・カンパニー に加入する ブライアン・ハウ

アルバム『刺青の侵入者』( 1984年 )では、デレク・セント・ホルムズに代わり、後に バッド・カンパニー に加入する ブライアン・ハウ がヴォーカルを担当。 1988年 のアルバム『青コーナーの誘惑』には、 ジョン・ボン・ジョヴィ や リッチー・サンボラ と共作した楽曲「That’s the Story of Love」を収録しているが、セールス的には成功しなかった。

パブリック・イメージ・リミテッド 長いブランクを挟み、ライドンとレヴィンは『Commercial

長いブランクを挟み、ライドンとレヴィンは『Commercial Zone』を録音。しかしリリース直前に意見の相違によりレヴィンが脱退し、同録音を自主制作盤として発表。PIL(ライドンとアトキンス)はその別バージョンといえる『ジス・イズ・ホワット・ユー・ウォント』(1984年7月)を発表。

アルカトラス 1984年1月には初来日を果たした。イングヴェイはリッチーに憧れているとはいえ黒い衣装、白い ストラトキャスター

1984年1月には初来日を果たした。イングヴェイはリッチーに憧れているとはいえ黒い衣装、白い ストラトキャスター 、ギターを壊すパフォーマンスと全てリッチーのコピーであるため客から失笑がもれた。だが、「テープの速回しじゃないか?」と噂されていたイングヴェイのメロディアスかつ強烈な速弾きは紛れもない本物であった。そして、この初来日の東京公演が収録されたアルバム『 ライヴ・センテンス 』をリリースする。しかし、観客が求めるものがイングヴェイの演奏であったことから他のメンバーから強い嫉妬を受け、次第にステージ上で喧嘩になるなどメンバーとの関係が悪化、イングヴェイは解雇に近い形でマネージャーのアンディ・トゥルーマンと共に脱退してしまう 。後任には(同じく速弾きを得意とするとはいえ)イングヴェイとはスタイルを異にする スティーヴ・ヴァイ を加入させ、1984年10月に再来日を果たした。初来日公演も再来日公演もライブ・ビデオが発売され好評であった。

ザ・スミス 『ザ・スミス・ストーリー 心に茨を持つ少年』において、バンド名の由来とされる、 モリッシー に影響を与えた ザ・フォール

『ザ・スミス・ストーリー 心に茨を持つ少年』において、バンド名の由来とされる、 モリッシー に影響を与えた ザ・フォール のメンバー、マーク E.スミスの名前を引用したという説に対し彼らは否定をした。 モリッシーは 1984年 のインタビューで「僕が(自分達のバンドをザ・スミスと呼ぶことに)決めた理由は、スミスは最もありふれた名前だからで、今は世界中の普通の人たちが顔を見せる時だと思うんだ」と述べている 。

1983
レインボー (バンド) RAINBOW #9

RAINBOW #9(1983年6月 – 1984年 3月)

エアロスミス 1983年9月、ジョー・ペリー・プロジェクト3rdアルバム『いつまでも熱く』発表。

1983年9月、ジョー・ペリー・プロジェクト3rdアルバム『いつまでも熱く』発表。

ポリス (バンド) 17週連続1位

1983年には、5作目のアルバム『 シンクロニシティー 』(Synchronicity)が、 Billboard 200 に於いて17週連続1位。先行シングル「 見つめていたい 」(Every Breath You Take)も、 Billboard Hot 100 で8週連続1位、さらに年間チャート1位にも輝いている。

アルカトラス 1983年、 マイケル・シェンカー・グループ を解雇されたグラハムは元 ニュー・イングランド

1983年、 マイケル・シェンカー・グループ を解雇されたグラハムは元 ニュー・イングランド のゲイリーとジミーと共にバンドを結成する。グラハムは レインボー で共演した リッチー・ブラックモア に良く似た ギタリスト を探すためオーディションを行い、元スティーラーの イングヴェイ・マルムスティーン を獲得。(イングヴェイ本人の話では UFO の誘いも受けていたが、 フィル・モグ よりもグラハムの方が歌が上手いという理由でアルカトラスに加入したという。)

アルカトラス 1983年12月にはデビューアルバム『 ノー・パロール・フロム・ロックン・ロール 』をリリース。日本盤の 伊藤政則

1983年12月にはデビューアルバム『 ノー・パロール・フロム・ロックン・ロール 』をリリース。日本盤の 伊藤政則 のキャッチコピーは「泣くがいい。声をあげて泣くがいい。」であった。プロデューサーは、イングヴェイの希望により、 アル・ディ・メオラ 等を手がけた デニス・マッケイ が務めた。

ラモーンズ 1983年

1983年