rock

1998
エヴァネッセンス リーとムーディーを中心に 『Evanescence EP』(1998年)、『Sound Asleep EP / Whisper

リーとムーディーを中心に 『Evanescence EP』(1998年)、『Sound Asleep EP / Whisper EP』(1999年)を Big Wig Entertainment より、リリース。この内、共作第2作目「Understanding」が地元ラジオ局でチャート・インするという幸運に恵まれる。しかし、この時は他にバンドメンバーもおらず、ライブなどの活動を満足に行えずにいた。続いて2000年に、キーボーディストとして デイヴィッド・ホッジス を迎えて3人となった彼らは『Origin』を発表する。

ベン・フォールズ・ファイヴ 未発表音源を寄せ集めたアルバム『ネイキッド・ベイビー・フォトズ』(1998年発表、イギリスで65位 、アメリカで94位を記録

未発表音源を寄せ集めたアルバム『ネイキッド・ベイビー・フォトズ』(1998年発表、イギリスで65位 、アメリカで94位を記録 )をはさんで、3rdスタジオ・アルバムは落ち着いたジャズ風のアルバム『ラインホルト・メスナーの肖像』で、1999年に発表された。このアルバムはイギリスで22位 、アメリカで35位 を記録するも、日本では前々作・前作よりも劣る15万枚の売上を記録した 。1998年には バート・バカラック のトリビュート・アルバム『One Amazing Night』に「 雨にぬれても 」のカバーを提供 、1999年に発売された コソボ 救済チャリティ・アルバム『No Boundaries: A Benefit for the Kosovar Refugees』に、バンドは曲「Leather Jacket」を提供した 。

シュガーキューブス アイナール・オルンは「バッド・テイスト・リミテッド」の業務の傍ら、 プロディジー 、 フージーズ 、 マッシヴ・アタック

アイナール・オルンは「バッド・テイスト・リミテッド」の業務の傍ら、 プロディジー 、 フージーズ 、 マッシヴ・アタック のプロモーションに携わり、 1998年 にはシギと共にGrindverk(グラインドヴァーク)というバンドを組んで活動した。 2000年 には ブラー の デーモン・アルバーン と共に映画『 101 レイキャヴィーク 』の音楽を手掛けたほか、アルバーンのソロ・プロジェクト「 ゴリラズ 」の楽曲「Stop The Dams.」にも携わった。 2003年 にはソロ・プロジェクト「Ghostigital」を起ち上げ、同年12月にアルバム『Ghostigital』でデビュー、 2006年 3月に『In Cod We Trust 』、 2012年 11月12日 には『Division of Culture & Tourism』をリリースしている。また 2010年 から 2014年 にかけてレイキャヴィークの 市議会議員 を務めた。

ザ・ポウジーズ 1998年 、解散宣言に近い発言をした後に活動休止期間に入ったが、 2005年

1998年 、解散宣言に近い発言をした後に活動休止期間に入ったが、 2005年 から再び活動を再開。2005年6月にリリースしたアルバム『Every Kind of Light』収録の「I Guess You’re Right」「Love Comes」の2曲が Windows Vista のサンプルミュージックとなっている。

フィーダー (バンド) 同年10月にUKでリリースされたシングル「ハイ(High)」はスマッシュヒットとなり、『ポリシーン』に追加収録されることとなった。フィーダー

同年10月にUKでリリースされたシングル「ハイ(High)」はスマッシュヒットとなり、『ポリシーン』に追加収録されることとなった。フィーダーの代表曲のひとつで、日本でもミニアルバムとしてリリースされている。この曲が収録された『ポリシーン』は、アメリカでも エレクトラ・レコード からリリースされている。1998年はほぼUK・USを周るツアーが中心となったが、このツアーはかなり過酷なものだったという。

プライマル・スクリーム 1998年にカットされたシングル「イフ・ゼイ・ムーヴ・キル・エム」には マイ・ブラッディ・ヴァレンタイン

1998年にカットされたシングル「イフ・ゼイ・ムーヴ・キル・エム」には マイ・ブラッディ・ヴァレンタイン のケヴィン・シールズによるリミックスが収録された。このシングルには更にジーザス&メリー・チェインの「ダークランズ」のカバー「バッドランズ」が収録されている 。メリーチェインはこの年クリエイションに復帰した。

U2 また、同年冬には、1998年以来8年ぶりとなる日本公演も実現した。2006年4月4日に横浜・ 日産スタジアム

また、同年冬には、1998年以来8年ぶりとなる日本公演も実現した。2006年4月4日に横浜・ 日産スタジアム で予定されていた公演はU2側の事情により延期され、その振替公演として11月29日、30日、12月4日の3公演が さいたまスーパーアリーナ で行われた 。 来日時の11月29日には、ボノが首相官邸を訪れ、 安倍晋三 首相を表敬訪問した。ボノは安倍首相にサングラスを贈呈し、アフリカの感染症問題に対する日本の貢献を高く評価するとともに、今後も日本が世界をリードしていくことへの期待を示した 。 また、ボノはTBS系報道番組『 筑紫哲也 NEWS23 』にも出演してインタビューを受け、12月1日にはU2としてテレビ朝日系音楽番組『 ミュージックステーション 』に出演した 。 『ミュージックステーション』では「ヴァーティゴ」と「 ウインド・イン・ザ・スカイズ 」を披露し、後者はU2にとって日本で初めてライブ演奏された 。

コールドプレイ 現在のバンドの編成が完成

1998年 初め、同じ学生寮に住んでいたウィルがドラマーとして加わり、現在のバンドの編成が完成した。ウィルがメンバーになった数日後にはローレル・ツリーでのデビューライブを予定していたため、「慌てて」バンド名をスターフィッシュ(Starfish)に改名した。多才なウィルは、すでにピアノやギター、ベース、 ヴァイオリン 、そして ティン・ホイッスル までも演奏できたので、バンドに加わるとドラムに転向し、経験がほとんどなかったにもかかわらずすぐに習得してしまった。数週間後、同じ大学の学生だった友人ティム・クロンプトンから「コールドプレイ」というバンド名を譲り受け、自らのバンドの名前にした。

スーパーグラス 4月21日、『イン・イット・フォー・ザ・マネー』を本国で発表。前作から急激な変化を見せた内容は、メディアから幅広く絶賛された。全英2位、プラ

4月21日、『イン・イット・フォー・ザ・マネー』を本国で発表。前作から急激な変化を見せた内容は、メディアから幅広く絶賛された。全英2位、プラチナム・セールスを記録し、全世界で100万枚以上を売り上げるなど、セールス面でも成功を収めた。6月9日、「サン・ヒッツ・ザ・スカイ」をシングルカット。10位を記録。アメリカでは「チープスケート」がシングルカットされた。7月、 フー・ファイターズ のアメリカ・カナダツアー13公演に参加。これ以後、フー・ファイターズとは何度も一緒にツアーを行っている。9月、2度目の来日公演。名古屋・福岡・大阪・東京にて全5公演。10月6日、「レイト・イン・ザ・デイ」をシングルカット。18位を記録。12月、 オアシス の ウェンブリー・アリーナ 3日連続公演にゲスト出演。1998年5月、3枚目のアルバムのレコーディングのために、前作と同じくセルフ・プロデュースでスタジオ入りする。ミキシングもメンバー自ら行ったため制作が長引き、結局アルバムが全て完成したのは翌年の夏頃となった。アルバムのレコーディング以外に、メンバーはそれぞれ課外活動を行っている。ギャズとミックは、 ドクター・ジョン のレコーディングにゲスト参加。2人がギターとベースを演奏した「ヴォイシス・イン・マイ・ヘッド」という曲は、アルバム『 アナザー・ゾーン 』に収録された。一方、ダニーはガールフレンドのパール・ロウらと「ロジャー」というバンドを結成。唯一のアルバム『ウォーク・イン・ザ・パーク』を発表している。ちなみにどちらのアルバムも日本盤が発売されている。

アッシュ (バンド) 『ニュー・クリアー・サウンズ』を発表

1998年 、難産の末にセカンド・アルバム『ニュー・クリアー・サウンズ』を発表。ブームの狂騒が10代のバンドに与えた重圧は大きく、その結果、陰鬱なテーマを持って完成したこのアルバムは前作に比べ興行的に振るわず、苦戦を強いられることになった(ティム自身「やはり他のアルバムに比べればいい曲は少ないかな」と語っている)。