2005年
2005年
2005年は通年、主にツアーを行い、 モデル や 女優 業などにも従事した。また同年6月28日にはカナダのロックバンド Sum 41 のボーカル デリック・ウィブリー と20歳で 婚約 を発表。2006年7月15日、 ロサンゼルス 郊外、 サンタバーバラ 東隣の モンテチト で挙式。
2005年 、 ビートルズ のカバー曲「 ハード・デイズ・ナイト 」を日本のみシングルとして発売( トヨタ自動車 「 ラクティス 」CMソング)。
セカンドアルバム『 Under My Skin 』は2004年5月25日アメリカでリリースされた。このアルバムはアメリカ・イギリス・ ドイツ ・オーストラリア・カナダ・ メキシコ ・ アルゼンチン ・ スペイン ・ アイルランド ・ タイ ・ 韓国 ・ 香港 、そして 日本 の計13カ国で1位を獲得し、アメリカでは第1週目に38万枚を売り上げ、総合で800万枚を売上げた 。
2004年、ラヴィーンはワールド・ミュージック・アワードにて “World’s Best Pop/Rock Artist” と “World’s Best-Selling Canadian Singer” を受賞。ジュノー賞には5部門でノミネート。”Fan Choice Award” “Artist of the Year” “Pop Album of the Year”の3部門を受賞した。19周年目を迎えた キッズ・チョイス・アワード には “Favorit Female Singer”(最も好きな女性歌手)に選出された 。
2004年
2004年 “Live and By Surprise” を決行。3月4日 ミネソタ州 ミネアポリス より『Under My Skin』のプロモーションを兼ね21箇所のシティーモールツアーをアメリカとカナダで行った。パフォーマンスはアコースティックベースの短時間のライブで、上記アルバム中心に選曲が行われた。ライブは開始の48時間前まで誰にも知らされないシークレットライブの形態をとっていたが、同ツアーは非常にポピュラーな存在となりアルバムのプロモーションに一躍買うこととなった。2004年3月25日の インディアナポリス のセットでは「He Wasn’t」「My Happy Ending」「Don’t Tell Me」「Take Me Away」「Nobody’s Home」「Sk8er Boi」「Complicated」などが披露された。これらのライブパフォーマンスは『 Avril Lavigne Live Acoustic 』としてアメリカのディスカウントストア「 ターゲット 」で発売された。
2004年 、セカンド・アルバム『パーム・ツリーズ・アンド・パワー・ラインズ』発表。
2004年4月、デビュー10周年を記念したUKツアーがスタート。オープニングアクトには、ギャズの弟のチャーリーが在籍していた 22-20s を起用。5月24日、新曲「キス・オブ・ライフ」をリリース。23位を記録。6月7日、デビュー10周年を記念して、ベストアルバム『スーパーグラス・イズ・テン-ザ・ベスト・オブ 94-04』と、バンドの歴史を振り返る同名の DVD を発表。アルバムは4位、 ゴールド・ディスク を記録。 NME のレビューでは10点満点を獲得している 。9月、ベストアルバム発表後のワールド・ツアーの一環で4度目の来日公演を行う。スケジュールの都合から東京のみ全2公演ながら、アコースティック・セットも織り交ぜたベスト・ヒットのライヴを披露した。10月、ヨーロッパ各国・日本・ オーストラリア ・アメリカなどを回るワールドツアーが無事終了し、 フランス ・ ノルマンディー の納屋を改造して建設した自らのスタジオで5枚目のアルバムのレコーディングを開始 。しかし、ダニーが ジュード・ロウ 夫妻とのスワッピングが原因で家庭崩壊の危機にさらされていたため、2ヶ月ほどバンドを離脱するなど、レコーディングは難航を極める。2005年6月~7月、 コールドプレイ のスタジアムツアー3公演にゲスト出演 。8月8日、先行シングル「サンクト・ペテルブルク」をリリース。22位を記録。 8月15日、5thアルバム『ロード・トゥ・ルーアン』発表。フォークロック路線の内省的かつ実験的な内容ながら、メディアからの評価は総じて好意的だった。チャートでは9位を記録し、6作連続で全英トップテン入りを果たした。10月24日、「ロウC」をシングルカット。この曲のPVではメンバーがマーメイドと共演している 。12月18日、 フー・ファイターズ の ロンドン ・ アールズ・コート 公演にゲスト出演。2006年1月2日、「フィン」を7インチ盤とダウンロード限定でシングルカット。