2007年、メンバーが大ファンの デヴィッド・ボウイ が使用したことがあるからという理由で、 ドイツ ・ ベルリン の ハンザ・スタジオ で6枚目のアルバムのレコーディングがスタート。プロデューサーには、 パブリック・イメージ・リミテッド や ギャング・オブ・フォー などを手がけたニック・ローネイを起用。6月~7月、 アークティック・モンキーズ の ダブリン ・ マンチェスター ツアー全4公演にゲスト参加。8月31日、ミックが フランス ・ トゥールーズ の別荘にて、トイレに行くために寝ぼけて歩き回っているうちに、2階の窓から落下。脊椎を骨折し、全治数ヶ月の重傷を負うという事故が起きる。ギャズは「あのバカ者が早く良くなることを願ってる。奴は間違いなく全快する。タフな奴だからな」とコメント 。11月、ギャズとダニーは「 ダイアモンド・フー・ハ・メン 」というデュオを結成したことを発表。ミックが回復するまで2人でイギリス国内を回る小規模なツアーを行った。このツアーではスーパーグラスの楽曲に加えて、 マイケル・ジャクソン の「 ビート・イット 」を披露。
「Girlfriend」は 日本テレビ 制作のバラエティ番組『 カートゥンKAT-TUN 』のオープニングテーマとなり、2007年5月2日に同番組にゲスト出演し、 KAT-TUN と共に ダーツ を行った。
2007年当初、アルバムに関してのプロモーション規模は非常に小さく、ライブチケットも彼女のファンクラブ会員限定となった 。ツアーは アルバータ州 カルガリー よりスタートし、200人規模の聴衆の前でパフォーマンスを行った。この模様は2007年4月2日に CBC系列 で放送された。4月にはプロモーションで来日。 Yahoo! の独占生中継ライヴや『 ミュージックステーション 』、『 Music Lovers 』などに出演。 新宿駅 前で極秘コンサートを開催し、4000人もの観客が集まった。8月には SUMMER SONIC に出場のため再び来日。『 めざましテレビ 』などの番組に出演した。
さらに 2006年 に、前年からソロ活動を始めていた シャーロット が突如脱退し、再び結成時の3ピースに戻るという事態に直面する(実際は、ソロ活動とアッシュの活動を並行させることの折り合いがつかなくなった彼女への、他のメンバーからの脱退勧告であった。現在のところ、声明では脱退後も彼女とメンバーとの関係は良好であると説明されている)。 加えてレーベルとの契約問題やティムの婚約解消などといったネガティブな出来事が降りかかり、バンドは混乱状態に陥る。そんな辛い経験を経て、「大人になり、理想やロマンチックな気持ちだけでは物事を見られなくなった」という想いを込めたニュー・アルバムの製作が進められた。
2006年
2006年6月18日、デビューアルバム『 Don’t You Fake It 』をリリース。全米最高25位となる。当時、時代の流れに乗った先鋭 スクリーモ サウンドに全米から注目が集まり、最終的に全米で100万枚以上を売り上げる大ヒットを記録 。このアルバムには、後の彼らの代表曲となる「Face Down」が収録されており、全米シングルチャートにて最高24位を記録している。ちなみに、この曲「Face Down」は、家庭内暴力について書かれた曲で、インタビューでロニーは自身の経験をもとにしてつくられたものだという。「In Fate’s Hands」はエリアスとジョーイがいたメタルバンドの名前と同名で、「Seventeen Ain’t So Sweet」は、才能はあるがミュージシャンとして成功できないでいる女友達に捧げた曲である。またすべての曲のコンセプトは実際に起きた出来事である。
2006年
2006年の トリノオリンピック 閉会式ではカナダ代表として登場し、2010年の バンクーバーオリンピック への引継ぎイベント8分間に『Who Knows』を歌った 。
2006年 、サード・アルバム『ライツ・アウト』発表。
2005年 には親交のある アジアン・カンフー・ジェネレーション の主催する NANO-MUGEN FES. に出演。