2度目の解散後、ウドとカウフマンはU.D.O.を再結成。ホフマンは写真家としての活動の傍ら、 1997年 にソロ・アルバム『クラシカル』を発表。バルテスは ジョン・ノーラム のアルバムに参加するなど、幅広くセッション活動をしている。
1997年 にはアルバム『サムホエア・アウト・イン・スペース』、 1999年 に『パワープラント』、 2000年 に現メンバーで再レコーディングした楽曲とリマスターを行った楽曲を収録した2枚組ベスト・アルバム『ブラスト・フロム・ザ・パスト』、 2001年 に『ノー・ワールド・オーダー』、 2003年 に2枚組ライブ・アルバム『スケルトンズ・イン・ザ・クローゼット』、 2005年 に『マジェスティック』を発表。
1997年、オリジナル・メンバーによるラインナップで再結成し、19年ぶりに復帰。 オズフェスト のヘッドライナーをはじめ欧米各地では大歓迎を持って迎えられた。1998年にライヴ盤『REUNION』を発表。
アルジーは、 1997年 にタンクを再結成させライブツアーを再開。 1999年 8月に初来日、 2002年 には15年ぶりのスタジオ・アルバム『Still At War』を発表した。
1997年、『 NEWS 』をリリース。悪魔云々というスタイルから脱却し、 プログレッシブ・ロック にも通じる前衛性な手法も取り入れていた。
同年には所属事務所を 吉本興業 に移籍し、『THE BRAND NEW BLACKMASS TOUR』というライブハウスでのツアーを行い、周囲を驚かせた。
1996年 にはドラマーにアメリカ人の マイケル・カーテロン を迎え、再結成3作目のアルバム『プレデター』を発表するが、その後バンドは再び解散。なお、『プレデター』制作時にウドはカウフマンをギタリストに転向させ、2人目のギタリストとしてバンドに戻すことを提案したが、ホフマンに却下されている 。
1996年 にライブ・アルバム『アライヴ’95』を発表した後、アルバムの録音を前にしてディルクが本来のパートであるベースギターに転向したいとの意向をカイに相談。カイは悩んだ結果ディルクの要求を受け入れ、ヤンにギターへの転向を勧めたがうまく行かず脱退、友人であり同時に加入したトーマスも脱退していった。後任には旧知の友人であるヘンヨ・リヒター(ギター)とフリーダム・コールや数多くのセッションで活躍しているダニエル・ツィマーマン(ドラムス)が加入、それまでアルバム発表の度にメンバーが変わっていたガンマ・レイだったが長らく続く不動のラインナップが揃った。
1996年には、1980年代のライブ音源を中心に収録した『Rough Cutt Live』が発表された。その後、ポール・ショーティノは新メンバーを加え、ラフ・カットを再結成させた。
1996年、BMGに移籍した聖飢魔IIは地球デビュー前の曲「 野獣 」に続き大教典『 メフィストフェレスの肖像 』を発布した。このアルバムでは離れていった信者を呼び戻すべく、旧構成員ダミアン殿下とジェイル代官の楽曲を収録している。「GREAT DEVOTION」や「HOLY BLOOD 〜闘いの血統〜」といった、解散時や再集結時にも演奏された曲も収録されている。それまでを考えれば非常に低予算での制作で、仮録音のはずのテイクが多数本番に使用される、ジャケットも音楽もシンプルなスタイルとなった。