glam metal

1976
エアロスミス 1976年4月、全米ツアー開始。 ニューヨーク の マディソン・スクエア・ガーデン でのライブも開催。5月には4thアルバム『 ロックス

1976年4月、全米ツアー開始。 ニューヨーク の マディソン・スクエア・ガーデン でのライブも開催。5月には4thアルバム『 ロックス 』を発表。全米アルバムチャート3位(Billboard 200)を記録し、「ラスト・チャイルド」、「ホーム・トゥナイト」、「バック・イン・ザ・サドル」もシングルヒットする。日本でも彼らの知名度は上がり、「 クイーン 」、「 キッス 」らと並び“3大バンド” の1つとして人気を博した。10月には初のヨーロッパツアーを開始。翌1977年2月には初の日本ツアーも行っている。また前座には BOWWOW が参加した。

トゥイステッド・シスター バンドは 1976年 に、ヴォーカルと作曲担当として ディー・スナイダー を迎えた。また、ドラマーも変更し、 1978年

バンドは 1976年 に、ヴォーカルと作曲担当として ディー・スナイダー を迎えた。また、ドラマーも変更し、 1978年 には元ディクティターズのマーク・メンドーサ(ベース)が加入した。これを機にバンドの指向は、 アリス・クーパー や ブラック・サバス 、 モーターヘッド などから影響を受けた、ヘヴィな ハードロック スタイルへと変わっていった。

テッド・ニュージェント セカンド・アルバム『ハード・ギター爆撃機』( 1976年 )には ミートローフ が参加。3作目の『傷だらけの野獣』( 1977年

セカンド・アルバム『ハード・ギター爆撃機』( 1976年 )には ミートローフ が参加。3作目の『傷だらけの野獣』( 1977年 )は、アルバムが全米17位、「キャット・スクラッチ・フィーヴァー」もシングルとして初の全米トップ40入りを果たし(最高30位) 、同曲は後に モーターヘッド のアルバム『 マーチ・オア・ダイ 』(1992年)でカヴァーされた 。ブラック・フラッグのヘンリー・ロリンズは、セックス・ピストルズなどのパンクのアルバムが、アメリカの地方都市ではなかなか手に入らず、テッドのレコードを替わりに買ったと述懐している。また、テッドが 原始人 や ターザン のようなキャラクターを演じるライヴ・パフォーマンスも話題となり 、初のライヴ・アルバム『絶叫のライヴ・ゴンゾー』( 1978年 )は全米13位に達した。

1975
エアロスミス 1975年4月、3rdアルバム『 闇夜のヘヴィ・ロック 』を発表。「 ウォーク・ディス・ウェイ 」や「 スウィート・エモーション

1975年4月、3rdアルバム『 闇夜のヘヴィ・ロック 』を発表。「 ウォーク・ディス・ウェイ 」や「 スウィート・エモーション 」もシングルヒットし、アルバムも全米チャート11位(Billboard 200)まで上昇。バンド初のプラチナ・ディスクを獲得した。この勢いで前2作のアルバムのセールスも上がり、シングル「ドリーム・オン」は再発売されて全米チャート6位(Billboard Hot 100)まで上昇した。なお、日本では同年5月に『飛べ!エアロスミス』が発売されて日本デビューとなった。

リタ・フォード 17歳となる 1975年 に「 ザ・ランナウェイズ 」に加入し、リード・ギタリストを務めた 。

17歳となる 1975年 に「 ザ・ランナウェイズ 」に加入し、リード・ギタリストを務めた 。

1974
エアロスミス 1974年3月、2ndアルバム『 飛べ!エアロスミス 』を発表。1年以上に渡って全米チャート200位圏内( Billboard 200

1974年3月、2ndアルバム『 飛べ!エアロスミス 』を発表。1年以上に渡って全米チャート200位圏内( Billboard 200 )に入り続ける、ロングヒット作品になった。プロデューサーは ジャック・ダグラス が担当した。

アリス・クーパー 1974年、映画『 007 黄金銃を持つ男 』の主題歌候補として「黄金銃を持つ男」 を歌うが、最終選考で ルル に敗れた 。

1974年、映画『 007 黄金銃を持つ男 』の主題歌候補として「黄金銃を持つ男」 を歌うが、最終選考で ルル に敗れた 。

1973
エアロスミス 1973年1月、1stアルバム『 野獣生誕

1973年1月、1stアルバム『 野獣生誕 』でデビュー。アルバム収録曲の「ドリーム・オン」がアメリカ東海岸地区のロック系ラジオを中心として注目され、同曲を シングルカット 。全米チャート59位( Billboard Hot 100 )まで上昇するヒットとなる。

アリス・クーパー 1973年、「アリスは大統領」を収録したアルバム『 ビリオン・ダラー・ベイビーズ

1973年、「アリスは大統領」を収録したアルバム『 ビリオン・ダラー・ベイビーズ 』を発表。クーパーは同アルバムのプロモーションのために、実際にアメリカ大統領選挙に出馬している。彼の回想によれば、 ジョン・レノン は「アリスは大統領」を気に入って、三日続けて彼のもとへ通ってきたという 。同アルバムからは「 ノー・モア・ミスター・ナイス・ガイ 」もヒットした。1973年には シュルレアリスム 画家の サルバドール・ダリ が自ら希望して彼のショウに出演した。

アリス・クーパー 『アリス・クーパー』はアルバム『マッスル・オブ・ラヴ』(1973年)を発表後、1975年に解散を発表した。

『アリス・クーパー』はアルバム『マッスル・オブ・ラヴ』(1973年)を発表後、1975年に解散を発表した。