1974年 4月、イギリスを離れ、ガールフレンドでスウェーデン人モデルのアネット・ウォルター=ラックス(Annette Walter-Lax)と共に ロサンゼルス 郊外の マリブ に移住 。 ジョン・レノン や ハリー・ニルソン と毎晩のように飲み歩く。レノンのプロデュースによって同年に発表されたニルソンのアルバム『 プシー・キャッツ 』にドラマーとして参加 。彼はザ・フーのメンバーの中で唯一ソロ作品を発表していなかったが、二人に影響されてソロ・アルバムを製作し始めた 。また4月に始まった映画『 トミー 』(1975年公開)の撮影で叔父アーニーを演じた 。
ファースト・アルバム『ファースト・ベース』が カナダ で大ヒット。 1973年 のセカンド・アルバムでは、パウエルがエド・スペヴォックに、パンションがクリス・ホームズにそれぞれ交代。 1975年 のサード・アルバムではホームズに代わってワイルド・ターキー(元 ジェスロ・タル の グレン・コーニック が結成したバンド)にいたスティーヴ・ガールが加入。同年、4枚目のアルバムでは、シャックロックが脱退し、元ワイルド・ターキーの バーニー・マースデン が加入。 1976年 の5枚目のアルバムでは、ハーンとヒューイットが抜け、エリー・ホープとレイ・ノットが加入し、オリジナル・メンバーが1人もいなくなってしまった。その後、 バーミンガム 出身の17歳のサイモン・ランベスがリズム・ギターで参加するが、ラスト・ツアーで数回演奏しただけでバンドは解散。マースデンはその後 ホワイトスネイク に参加し、一方ランベスは音楽シーンから去ることになった。
1973年 、ムーンの乱行に耐えられなくなった妻キムが娘のアマンダを連れて家を出て行き 、彼はさらに自暴自棄になっていく 。アルバム『 四重人格 』発表に伴う北米ツアーの初日に当たる11月20日の カリフォルニア州 デイリー・シティ 公演では、ファンからもらった酒と動物用の 鎮静剤 の混ぜ物を本番前に飲んでしまい、本番中に意識を失って担ぎ出された。残ったメンバーは、観客からドラムを叩ける者を彼の代役に募って急場を凌がざるを得なかった 。12月2日の モントリオール 公演の後には、滞在先のホテルで破壊騒ぎを起こして、タウンゼントやエントウィッスルを含めた関係者16人と共に一晩 牢屋 に入れられた 。
コック・スパラーは、1972年にロンドンの イーストエンド で、11歳の頃からの友人であるコリン・マクファウル、ミッキー・ボーフォイ、スティーヴ・”バージ”・バージェス、スティーヴ・ブルースの4人により結成された。過去に一時的なメンバーの出入りはあったものの、基本的にこの4人はずっと一緒に活動している。
1971年 、最初にバンドが結成された時には、バンド名はギタリストの アラン・シャックロック (元 クリス・ファーロウ &ザ・サンダーバーズ、 ザ・ゴッズ )にちなんで「 シャックロック (Shacklock)」と名乗っていた。メンバーには、ジェニー・ハーン、デイヴ・ヒューイットらがいた。その後、デイヴ・パンションとディック・パウエル( スレイド のドラマー、ドン・パウエルの弟)がメンバーに加わり、バンド名を ベーブ・ルース に改めた。
1971年 、 フランク・ザッパ の映画『 200モーテルズ ( 英語版 ) 』に尼僧役で出演 。後に本格的に俳優としても活動したダルトリーに先んじた俳優デビューを果たし、以後数年に渡って、その強烈なキャラクターを生かして脇役として活躍した 。翌 1972年 12月にロンドンで開かれた ロンドン交響楽団 と イギリス室内合唱団 の『 トミー 』の チャリティー ・コンサートに、リンゴ・スターの代役でトミーの叔父アーニー役で出演 。
1970年代後期にベーブ・ルースの「The Mexican」をThe Bombersがカバー。 1984年 、このカバーを聞いてジョン・ベニテス( John Benitez )はエレクトロ/フリースタイル・ヴァージョンの製作を思い立ち、ハーンにボーカルを依頼した。この曲はアンダーグランド・ダンス・シーンで大ヒットとなり、 ブレイクビーツ のスタンダード・ナンバーとなった。
1970年 1月、あるパーティの帰りに、彼や妻キムの乗る車が若者の集団に囲まれて襲撃を受ける。彼の運転手だったコーネリアス・ボランドが道を空けさせようと車から降りたところを、彼は誤って車を発進させ、ボランドを轢いて死なせてしまう 。彼は謹慎の身となるが、2月に裁判所でボランドの死は事故と断定され、彼は無罪となった。なお、当時彼は飲酒した上に無免許であったが、これについても情状酌量により刑罰は与えられなかった 。だがこの事件は彼に暗い影を落とし、以後彼の行動はさらに厄介なものになっていった 。
ムーンはザ・フーの「 サマータイム・ブルース 」 (1970年)でも秀逸なドラミングを披露した。同曲は エディ・コクラン の原曲(1959年)をカバーしたもので、ウッドストックでの演奏場面が映画『 ウッドストック/愛と平和と音楽の三日間 』(1970年)に収録されて人気を呼び、彼等の代表曲となった。
1969年、アースの4人(担当パート:オジー・オズボーン= ヴォーカル 、トニー・アイオミ= ギター 、ギーザー・バトラー= ベース 、ビル・ワード= ドラム )はバンド名を ブラック・サバス へと改めた。この名はギーザー・バトラーが当時公開されていた映画『BLACK SABBATH』から命名。1970年2月13日金曜日、自費レコーディングによるアルバム『BLACK SABBATH(邦題:黒い安息日)』でデビュー。