ロンドンに移った後、当時ブームだった アシッド・ハウス の影響を受けた彼らは、3rdアルバム『セパレーションズ』を 1989年 に製作する。このアルバムからベースのスティーブとドラムのニックが加入している。しかしレーベルとの対立からリリースをさせてもらえず、ジャーヴィスも当分学業に専念し、しばらく活動は行われなかった。(この時期、ジャーヴィスは学校で、裕福な ギリシャ 人の令嬢と出会う。彼女との邂逅が後の「コモン・ピープル」の歌詞となった。)
1989年 、シングル「Personal Jesus」を発表。 カントリー・ミュージック や ブルース を匂わせるギターフレーズとメロディが注目を浴びる。
1989年 に イングランド の レディング にて、学校の友人だった ニール・ハルステッド と レイチェル・ゴスウェル が中心となって結成する。2人の他にニック・チャップリンとエイドリアン・セルがメンバーとなる。バンド名はメンバーの夢から来ている 。
1989年に発売されたセルフタイトルのセカンドアルバム『 プライマル・スクリーム 』は、 ガレージ・ロック 色の濃いアルバムとなった 。このアルバムはインディチャートでトップとなるが、チャートからは4週間で姿を消した 。後年、クリエイションのプレス担当を務めたジェフ・バレット は「誰からも受け入れられなかった。まったく誰からも」と、当時の状況を振り返った 。好意的な記事は『 メロディ・メイカー 』誌に僅かに載る程度に終わり、最終的にバレットはクリエイションを解雇された 。彼はプライマル・スクリームとの関係を継続させてくれるよう懇願したが、マッギーはそれを受け入れなかった 。
このアルバムからはいくつかの曲が、初期のライブ、ラジオセッション、デモトラックなどをB面に組み合わされてリリースされた。翌 1988年 のライブ・アルバム『 ランク 』は、バンド解散後にもかかわらずUKチャート2位を記録した。
1987年にスコットランドの イースト・エアシャー キルマーノック で結成された 。同年にサイモン・ダインによって見いだされ、 ゴー・ディスクズ ( 英語版 ) と契約した。
1987年 に発表された『 ミュージック・フォー・ザ・マスィズ 』は、マーティンの孤独感や人間関係のすれ違いを表現した歌詞と、アランのオーケストレーションを効果的に使ったシンセサイザーが印象に残るものであった。このアルバムでは初めてデジタル録音を取り入れた。
1987年にファースト・アルバム『 Drop ( 英語版 ) 』をリリース。1960年代的な サイケデリック 作品である。
1987年の中頃になると、フロントマンのコリン・アンガスは S-Express ( 英語版 ) や M/A/R/R/S などのような初期 ハウス・ミュージック の先駆者の音を見つけて、最新のスタジオ機器などの知識を増やしていき、1987年9月頃までにこれらの技術をシェイメンの音楽、ロック、テクノ、ヒップホップに採用し、 ポップ・ウィル・イート・イットセルフ や ジーザス・ジョーンズ 、 EMF などが影響を受けていたプロトタイプ・ロック(ダンス・ミュージック)を作るため、ラジオの音声をサンプリングした。
1987年、パーシーとパーソンズが再合流、シャム69が再結成される。この2人以外のメンバーは流動的で、実態としてはバンドではなくプロジェクトであった。初期の荒々しい音楽性は影を潜め、 ラップ なども取り入れた多彩な音楽性を提示した。だが、初期の代表曲の再録だけのアルバムを発表したり、前のアルバムに収められた曲を次のアルバムにも収録するといった手法が、ファンや音楽メディアから批判の対象となることもあった。1990年には来日公演も実現している。