日本盤は2年も遅れて 2008年 に発売された。日本盤のみの特典としてボーナストラック2曲の他に、これまで発売された全てのシングル曲のPVやライヴ映像やドキュメンタリーを収録したDVDとポール本人の曲解説、オリジナル年表、アルバム解説などが書かれた保存版マンサン・データ・ブックが付いた。
3月31日には、ポリスのドキュメンタリー映画『 ポリス インサイド・アウト ( 英語版 ) 』が、2週間限定でTOHOシネマズ六本木ヒルズ他にて公開される。スチュワートが、バンド活動期に撮り続けた映像を集めて作ったもので、自ら監督もしたという。
2007年 3月 で『プレイング・ジ・エンジェル』を含む全てのオリジナル・アルバムがリマスター化された 。
2007年 にロビー・ファーズとマイロ・コーデルの2人組として活動を開始。バンド名は ザ・バンド のデビューアルバム『 ミュージック・フロム・ビッグ・ピンク 』から採られた 。バンド活動の他に2人はHate Channelという レコードレーベル を運営していた。
バンドはこの後しばしのレコーディング休暇をとるが 2007年 初頭、 チリ や アルゼンチン 、 ブラジル 、 メキシコ でのバンド初となる 南米 ツアーが敢行された。
2007年 、 リーズ大学 の学生であるジョー・ニューマン(Joe Newman)、トム・ソニー・グリーン(Thom Sonny Green)、ガス・アンガー・ハミルトン(Gus Unger-Hamilton)、グウィル・セインズベリー(Gwil Sainsbury)の4人でバンド「 The Films (フィルムズ)」を結成。その後同時期に アメリカ で結成した同名のバンド「 The Films 」がいることがわかり、「 alt-J (アルト・ジェイ)」に改名。バンド名の由来は、 Apple 社の「 Macintosh 」で「△」を表示するキーボードのタイピング順から。バンドのシンボルマークは「△」である 。
2007年 2月には、セカンドアルバム『アングリー・モブ〜怒れる群集』を発表。前作の完全な続編として歌詞が統一された内容で、初登場全英1位を獲得。その人気を不動のものとした。さらに同年の フジ・ロック・フェスティバル にも参加。演奏中にステージから突然降り、近くの出店からスポーツドリンクを買ってきてステージに戻るという茶目っ気をみせるなど、グリーンステージを縦横無尽に駆け回るエネルギッシュなパフォーマンスを披露した。
バンドデビュー10周年を迎えた 2007年 、前作からわずかのスパンで製作された6作目『プル・ザ・ピン』を発表。アップテンポな曲からバラードナンバーまで緩急を自在に使い分けた「過去5作の良い部分がうまくミックスされた自信作」とメンバーが口を揃える集大成的な仕上がりとなった。この作品も全英1位を獲得し、これで5作連続のアルバムチャート1位となった。このツアーからのちのメンバーとなるリードギターのアダムが参加した
そして 2007年 6月 、3人体制へ戻ってから最初の作品となる5作目『トワイライト・オブ・ジ・イノセンツ』を発表。メンバーが最高傑作と口をそろえる先行シングルの「ユー・キャント・ハヴ・イット・オール」(全英16位)を筆頭に、キャッチーさを追求したポップなロックナンバーが揃った。しかし一方では彼らの「深化」を象徴するように、 サイケデリック な要素を持ち込み、 ストリングス を大きく導入した壮大な展開をみせるなど、これまでにない実験性も覗かせている。このアルバムは、snoozer誌編集長の 田中宗一郎 からは「キャリア15年目の最高傑作」と絶賛され、ファンからも好意的なレビューで迎えられたが、英プレスからの評価はそれに比べるとやや辛辣で、商業的には全英32位と前作までに比べるといまひとつに留まった。
2007年 はデイヴの2作目のソロ作品が発表された。