2002年、 ドニー・ヴィー はツアーへの不参加を表明し、ソロ活動を開始する。2004年にはドニーとチップの関係も修復され、メジャー・デビュー当時の4人が再び集まったアルバム『?』を発表するが、同作リリースを前にした2004年5月28日、デレク・フリーゴが急逝した 。その後、 ジェイク・E・リー の加入も噂されるが、ジェイクはアルバム『ディソナンス』(2009年)のレコーディングに参加するのみにとどまり、バンドはトリー・シュトフレーゲン(ギター)とランディ・スコット(ドラム)の2人を加えてツアーを行う。
アルバム『パラフェルネイリア』は1998年に日本で先行発売され、オリコン86位に達した 。同作には リック・ニールセン ( チープ・トリック )とジェイムス・ヤング( スティクス )がゲスト参加した。1998年9月には、初の日本公演を行う 。
バンド自体も、オリジナル・ギタリストのジーノ・マルティーノが復帰して インディーズ で活動を再開 。ほどなく、ジーノに代わる新ギタリストとしてモナコが加入。この頃、 ドニー・ヴィー と スティーヴ・スティーヴンス の共作による楽曲「SWEET MOTION」が、 松井五郎 により日本語詞を与えられて 氷室京介 のアルバム『 I・DE・A 』(1997年)に収録された。
残された ドニー・ヴィー とチップ・ズナフの2人は、チップ&ドニー名義のアルバム『ブラザーズ』(1994年)を、日本の アポロン から発表 。同作は、本国アメリカではしばらく発表されなかったが、 1997年 には ボーナス・トラック を追加して、イナフ・ズナフ名義のアルバム『Seven』としてアメリカ発売された。また、イナフ・ズナフのメジャー・デビュー前の音源を収録した『1985』(1994年)も発表。
バンドは アリスタ・レコード へ移籍して『アニマルズ・ウィズ・ヒューマン・インテリジェンス』(1993年)を発表。収録曲「ライト・バイ・ユア・サイド」は、 ノルウェー のガール・ポップ・バンド、チューズデイ・ガールズのデビュー・アルバム『彼女はtuesday girl』(1995年)でカヴァーされた。しかし、アルバム制作後にはヴィック・フォックスが ヴィンス・ニール に引き抜かれたため脱退し、後任ドラマーとしてリッキー・ペアレントが加入する。同アルバムは日本の オリコン では49位 を記録するが、本国アメリカではチャート・インを果たせず、バンドはアリスタとの契約を失う。更に、かねてから ドラッグ の問題を抱えていたデレク・フリーゴも脱退。
次作『ストレングス』(1991年)は全米143位に達し 、収録曲「タイム・トゥ・レット・ユー・ゴー」は、 ワイルドハーツ 「アンセム」(1997年、シングル)や ポール・ギルバート 『ポール・ザ・ヤング・デュード〜ベスト・オブ・ポール・ギルバート+ギルバート・ホテル』(2003年)でカヴァーされた。しかし、その後バンドはアトコとの契約を失う。
1984年 、 シカゴ の近郊にあるブルー・アイランドで結成された。当時のバンド名は”Enough Z’Nuff”で、オリジナル・メンバーは ドニー・ヴィー ( ボーカル )、チップ・ズナフ( ベース )、ジーノ・マルティーノ( ギター )、B.W. ボウスキー( ドラムス )の4人。このラインナップで制作されたデモ音源は、後にアルバム『1985』としてリリースされることになる。その後、メンバー・チェンジを経てデレク・フリーゴ(ギター)とヴィック・フォックス(ドラムス)が加入し、 1989年 に アトコ・レコード からメジャー・デビュー・アルバム『イナフ・ズナフ』を発表。同作は全米74位に達し 、「ニュー・シング」(全米67位)や「フライ・ハイ・ミッシェル」(全米47位)といったシングル・ヒットも生んだ 。ただし、彼らはいわゆる「ヘア・メタル」の一派と同類に見られがちとなり、バンド本来の持ち味であるパワー・ポップ的な音楽性は見過ごされることとなった 。