2009年9月、5thアルバム『 ザ・レジスタンス 』を発表。初のセルフ・プロデュースとなった同作は、 クイーン 等の1970年代ロックを思わせる曲、 シンセポップ 風のアレンジ、中近東風の旋律、オーケストラを主体にした組曲など、様々な要素を取り込んだ意欲作となった。同月には故郷ティンマスで凱旋公演を行い2日間で3万人を動員し、10月にはイギリス『 Q 』誌の選ぶ「ベスト・ライブ・アクト・イン・ザ・ワールド・トゥデイ(現在活躍する世界最高のライブ・バンド)」に選ばれた 。
2008年 ビリーは今後スマッシング・パンプキンズとして新しいアルバムをリリースするつもりはないことを表明 。
2008年は一転してライブ活動を控え、「Teenage Cancer Trust」や「Vフェスティバル」への散発的な出演を行う一方、 イタリア の コモ湖 付近のスタジオにて新作の制作に着手 。同時期のインタビューでは、 オーケストラ を取り入れた長尺の スペース・ロック に取り組んでいることが明かされた。
休暇中の2007年5月4日・5日(アメリカ時間)に、 ジョン・ルコンプ と ロッキー・グレイ が解雇されたことが明らかになった。後任として現ダーク・ニュー・デイのウィル・ハント(ドラムス)とトロイ・マクローホーン(ギター)をツアー終了までのメンバーとしてツアーを再開、 コーン らとともに「ファミリー・ヴァリューズ・ツアー 2007」を行った。
2007年 5月22日、ビリーとジミーに新メンバーを加えたパンプキンズは フランス ・ パリ にて約7年ぶりとなるライブを行う。さらに7月には新アルバム『 ツァイトガイスト 』を発売。先行シングルとして「タランチュラ」がリリースされた。
2007年には、2年連続でブリット・アワードの「最優秀ライブ・バンド」を受賞。6月には改修されたばかりのロンドンの ウェンブリー・スタジアム にてライブを行い、チケットは即完売、2日間で約16万人を動員した 。このライブの模様は翌年にライブ・アルバム『 ハープ 』としてリリースされた。同年にはヨーロッパ、アメリカ、オーストラリアを周り、 マディソン・スクエア・ガーデン で公演を行ったほか、 フジロックフェスティバル にも出演した。
ファースト・アルバム『フォールン』発売より3年の月日を経て、セカンド・アルバム『 ザ・オープン・ドア 』が2006年9月27日に日本先行発売、欧米は2006年10月3日に発売された。全米1位、全英2位を獲得する。アメリカでの初動売上は、40万枚前後を記録。アルバムからの先行1stシングルは、8月にラジオ・オンエアを解禁された「コール・ミー・ホウェン・ユー・アー・ソバー(Call Me When You’re Sober)」となった。
2006年7月14日に、バンドのベーシストであるウィル・ボイドの脱退を発表した。脱退の理由として、「大規模なコンサート・ツアーへの苦痛」と「家族のそばに居たい」というのが理由とされる。ボーカリストのリーは「彼が幸せであることを祈っている」とコメントしている。2006年8月10日に、元レヴォリューション・スマイルのギタリストのティム・マッコードがベーシストとしてバンドに参加することが発表された。
2006年 4月20日、オフィシャルサイトにて活動再開を発表。ビリーとジミーの二人以外のメンバーは明らかにならなかったが、アルバムを制作中であることが伝えられた。翌年4月、ジェームスとメリッサは再結成に参加する意思がないことを公表。
2006年には4thアルバム『 ブラック・ホールズ・アンド・レヴァレイションズ 』を発表。先行シングルの「スーパー・マッシヴ・ブラックホール」は ダンス 色を帯び、 イラク戦争 など初めて政治的なテーマにも触れるなど、メンバー自らが「過去の作品に比べて異色」と語る幅広い内容に仕上がった 。初登場全英1位を記録。同年、 レディング&リーズ・フェスティバル にヘッドライナーとして出演し、 メタリカ 、レディオヘッド、 コールドプレイ らを抑えてUKフェスティヴァル・アワード最優秀ヘッドライン・アクトを受賞。また、 サマーソニック にも6年ぶりに参加した 。