2002年 、第44回 グラミー賞 で3つの部門にノミネートされ 、『ハイブリッド・セオリー』収録曲の2ndシングル『クローリング』でベスト・ハード・ ロック・パフォーマンス部門を受賞した 。授賞式の際、会場入口で写真撮影に応じていた時に受賞がアナウンスされてしまい、受賞決定の瞬間をメンバーたちは聞けなかったというエピソードがある 。
2002年、バンドは、コンサートの夜にマーク・ウィルソンと出会う。すでにベースプレイヤーがいたにもかかわらず、マークにバンドへの参加を打診する。マークはその時期、別のバンド The Ca$inos のベーシストであったため、はじめは断わっていたが数日後バンドに加わりたいと連絡してきた。
クァークは、自身のバンドQuirkでのキャリアを追求するために2002年に脱退した。
2002年にメンバーの4人で ザ・キラーズ を結成し、
グラスジョーの3rdアルバムについては、2002年にまでさかのぼる最後のアルバムのリリースに鑑みるだけでなく、その現状やリリース遅延に関しての情報が欠落していることから、予想はかなり難しくなっている。2006年7月のパルンボのインタビューによると、既に彼らは次のアルバムに向けてアイディアをいくつか出し合い、レコーディングも進めており、2007年にはリリースできればよいと述べている。この時、パルンボはアルバムは一つのテーマに沿って製作されるかもしれないことを示唆している。2007年11月、近年では初めてのインタビューを受けたグラスジョーは、「11曲の楽曲があり、7曲は出来上がっており、4~6曲はもう少し詰める必要がある」ことを明かしている。 ケラング! のインタビューでは、パルンボは「今年の暮れか2009年早々にはリリースされるだろう。・・・出来れば。」と述べている。詳細が判明したのは2008年の5月で、アルバムは「ボーカル録り待ち」であること、「あと数ヶ月で完成すること」が明かされた。同時期のインタビューで、ベックはこう述べている。「たった今アルバムが完成して、俺は幸せだよ。これがクソの積み重ねじゃなければ、俺たちはそれを早くライヴで演奏したくなるはずさ。まだその正確な日時や計画は決まっていないけどね。」2008年6月のGlassjaw.netによって伝えられたベックのインタビューで、彼はこう述べた。「俺の個人的な範囲で言えることは、今年の終わりにはリリースされるということだ。」
2002年 、 カウンティング・クロウズ のアルバム『ハード・キャンディ』にゲスト参加。また、 ショーン・マリンズ や ピート・ドロージ と共にザ・ソーンズ(The Thorns)を結成。 2003年 3月、日本企画のソロ・アルバム『キミがスキ・ライフ』を エイベックス から発表し(ジャケット・デザインは 奈良美智 が担当)、同年7月にザ・ソーンズのファースト・アルバム『ザ・ソーンズ』を発表。ザ・ソーンズは、 ジョン・メイヤー や ディクシー・チックス のツアーに帯同し、その後マシューはソロ活動に戻る。
2002年、現在のメンバーで構成されたバンドは「ダーティー・スウィート EP」をリリース。このレコードの名称は T・レックス の曲「 ゲット・イット・オン 」からとられている。リリース時期が ザ・ヴァインズ のブレイクスルーと重なり、海外からのオーストラリアロックへの関心が高まった。「ダーティー・スウィート EP」からのシングル曲「テイク・イット・オア・リーヴ・イット」は、 NME から称賛され、EPは エレクトラ・レコード から2003年に再リリースされた。
『Three』の成功により、2002年に米国でリリースされ、それに続いて2度の米国ツアーが行われた。
10月28日より、2002年発表の『 鬼葬 』を軸としたツアー「TOUR16-17 FROM DEPRESSION TO [mode of 鬼葬]」を 香港 を含む10都市13公演で開催。また、同ツアーでは2009年以来となる男性限定公演、2004年以来となる女性限定公演も開催。
2002年、ベストアルバム『 ヒット大全集 』発売。