しかし、本作は批評家から一定の評価を得た一方、商業面では前2作に及ばなかった。アルバムは30か国で初登場1位を記録したものの、2009年10月の時点で世界売上は約100万枚にとどまり、2004年の『原子爆弾解体新書』の売上を大きく下回った。ボノは、U2が当時のポップ・ミュージックの潮流を見誤り、より実験的で複雑な作品を作ってしまったことへの失望を語っている。先行シングルの「 ゲット・オン・ユア・ブーツ 」も、全英シングル・チャートで12位、アメリカのビルボード・ホット 100で37位にとどまり、「ビューティフル・デイ」や「ヴァーティゴ」のような大ヒットには至らなかった 。
2009年5月、パルンボは彼の ツイッター 上で新曲のボーカルのデモをレコーディングしており、ファンは「かなり早く」新曲を聴けるだろうと発言した。後の6月14日の投稿では、「今、俺とベックは完成したばかりのEPをベックの車の中で聴いてる」と発言するも、これはそのEPがフルアルバムへと続くものなのか、それとも当面の最終的なリリースになるのか定かではないものだった。しかしこれについては6月23日にパルンボがツイッター上でsnatcher2047の質問「あなたの発言を見ました。そのEPの後にはフルアルバムが続いて出るのですか?」に「もちろんさ。」と答えたことで明らかになった。
2009年
一方、本作に伴って2009年6月からスタートした U2 360° ツアー は、商業的には歴史的な大成功を収めた。スタジアムの中央に巨大な4本脚の構造物を設置し、その下に円形のステージを組んで観客が360度全方向からバンドを取り囲むという規格外のセットは、通称「ザ・クロウ(The Claw)」と呼ばれた。ツアーは2009年から2011年まで26か月にわたって行われ、30か国・5大陸で110公演を実施。最終的に700万人を超える観客を動員し、興行収入は7億3,642万1,586ドルに達した。2011年7月の終了時点で、史上最高興行収入のコンサート・ツアーとなった 。
2009年 3月には9作目『ダーク・デイズ / ライト・イヤーズ』を自身のHPからデジタル・リリース。後日CDフォーマットでのフィジカル・リリースを行うという、 レディオヘッド や ナイン・インチ・ネイルズ などが行った変則形態での作品発表を実践した。それと同時に、スタジオで行われているレコーディングやミックスの模様をウェブ上でストリーミングさせるなど実験的な試みはなお尽きない。
2009年の秋、バンドはブランド・ニューのツアーに帯同した。その後間もなく、パルンボ、ベック、マニュエルはGlassjaw.netのビデオインタビューに応じ、長期に亘ってバンドが作品のリリースから遠ざかっていることについて「21歳の時に我々が下した決断」によるものだと発言し、暗にロードランナーかワーナーのどちらかとの法的な契約による可能性を示唆した。
”. 音楽ナタリー (2009年5月14日). 2017年6月9日閲覧。
2009年、自伝”Strange Things Happen: A Life With The Police, Polo And Pygmies” を上梓。
2009年
2009年に、3人はライブ活動を開始し、2010年に入ると3rdアルバムリリースに向けてのレコーディングを開始した。レコーディングには、2007年のツアー・メンバーでもあったドラムスの ウィル・ハント が参加している。レコーディング開始当時のプロデューサーは、 スティーヴ・リリーホワイト だったが、後に フー・ファイターズ や アリス・イン・チェインズ などを手がけたニック・ラスカリニクス(Nick Raskulinecz)に切り替えられた。2010年の夏・秋リリースに向けてレコーディングを進めていたが、エイミーが創作意欲に勤しむため一時スタジオを離れ休暇をとることを決断、その後結局アルバム・リリースは2011年まで延期することが決定した。