rock

1973
アリス・クーパー 1973年、「アリスは大統領」を収録したアルバム『 ビリオン・ダラー・ベイビーズ

1973年、「アリスは大統領」を収録したアルバム『 ビリオン・ダラー・ベイビーズ 』を発表。クーパーは同アルバムのプロモーションのために、実際にアメリカ大統領選挙に出馬している。彼の回想によれば、 ジョン・レノン は「アリスは大統領」を気に入って、三日続けて彼のもとへ通ってきたという 。同アルバムからは「 ノー・モア・ミスター・ナイス・ガイ 」もヒットした。1973年には シュルレアリスム 画家の サルバドール・ダリ が自ら希望して彼のショウに出演した。

アリス・クーパー 『アリス・クーパー』はアルバム『マッスル・オブ・ラヴ』(1973年)を発表後、1975年に解散を発表した。

『アリス・クーパー』はアルバム『マッスル・オブ・ラヴ』(1973年)を発表後、1975年に解散を発表した。

1972
コック・スパラー 結成

コック・スパラーは、1972年にロンドンの イーストエンド で、11歳の頃からの友人であるコリン・マクファウル、ミッキー・ボーフォイ、スティーヴ・”バージ”・バージェス、スティーヴ・ブルースの4人により結成された。過去に一時的なメンバーの出入りはあったものの、基本的にこの4人はずっと一緒に活動している。

フラワー・トラベリン・バンド 1972年 3月の帰国後、 篠原信彦 ( キーボード 、ex. ハプニングス・フォー )がサポートメンバーとしてバンドに参加

1972年 3月の帰国後、 篠原信彦 ( キーボード 、ex. ハプニングス・フォー )がサポートメンバーとしてバンドに参加 。全国縦断コンサートを行い、さらに 1973年 1月に来日する ローリング・ストーンズ の 前座 を務める予定だったが、来日は中止になり大きなチャンスを逸してしまう 。 1973年 2月、アルバム『Make Up』を発表。同年4月、 京都円山公園音楽堂 で行われたコンサートを最後に解散する 。

アリス・クーパー 同年、ワーナー・ブラザーズに移籍して『 キラー 』を発表。翌 1972年 に発表したアルバム『 スクールズ・アウト

同年、ワーナー・ブラザーズに移籍して『 キラー 』を発表。翌 1972年 に発表したアルバム『 スクールズ・アウト 』がティーンエイジャーを中心に支持され大ヒットし、クーパーは一躍人気ロッカーとなった。同アルバムのオリジナル・アナログ盤は紙製の パンティー に包まれていたことも話題となった。

エアロスミス はじめは カバー 曲中心のパーティバンドのような活動をしていたが、 ボストン

はじめは カバー 曲中心のパーティバンドのような活動をしていたが、 ボストン の「フェンウェイ・シアター」支配人からの紹介により地元有力プロモーターに出会い、マネジメント契約を結ぶ。その後、マネジメント会社の交渉により1972年夏に コロムビア・レコード との契約が成立した。こうしてエアロスミスはデビューする足掛かりを掴んだ。

1971
ベーブ・ルース (バンド) 1971年 、最初にバンドが結成された時には、バンド名はギタリストの アラン・シャックロック (元 クリス・ファーロウ

1971年 、最初にバンドが結成された時には、バンド名はギタリストの アラン・シャックロック (元 クリス・ファーロウ &ザ・サンダーバーズ、 ザ・ゴッズ )にちなんで「 シャックロック (Shacklock)」と名乗っていた。メンバーには、ジェニー・ハーン、デイヴ・ヒューイットらがいた。その後、デイヴ・パンションとディック・パウエル( スレイド のドラマー、ドン・パウエルの弟)がメンバーに加わり、バンド名を ベーブ・ルース に改めた。

キース・ムーン 1971年 、 フランク・ザッパ の映画『 200モーテルズ ( 英語版 ) 』に尼僧役で出演

1971年 、 フランク・ザッパ の映画『 200モーテルズ ( 英語版 ) 』に尼僧役で出演 。後に本格的に俳優としても活動したダルトリーに先んじた俳優デビューを果たし、以後数年に渡って、その強烈なキャラクターを生かして脇役として活躍した 。翌 1972年 12月にロンドンで開かれた ロンドン交響楽団 と イギリス室内合唱団 の『 トミー 』の チャリティー ・コンサートに、リンゴ・スターの代役でトミーの叔父アーニー役で出演 。

エアロスミス しかし、翌1971年にレイモンドが脱退。バンドは新たなギタリストとして ブラッド・ウィットフォード

しかし、翌1971年にレイモンドが脱退。バンドは新たなギタリストとして ブラッド・ウィットフォード を迎えることになり、オリジナルメンバーが揃うことになる。

1970
キース・ムーン ムーンはザ・フーの「 サマータイム・ブルース 」 (1970年)でも秀逸なドラミングを披露した。同曲は エディ・コクラン

ムーンはザ・フーの「 サマータイム・ブルース 」 (1970年)でも秀逸なドラミングを披露した。同曲は エディ・コクラン の原曲(1959年)をカバーしたもので、ウッドストックでの演奏場面が映画『 ウッドストック/愛と平和と音楽の三日間 』(1970年)に収録されて人気を呼び、彼等の代表曲となった。