ガンマ・レイ

1995
ガンマ・レイ 4人編成となったバンドは 1995年 に通算4作目のアルバム『ランド・オブ・ザ・フリー』を発表。このアルバムにはハロウィン時代の盟友

4人編成となったバンドは 1995年 に通算4作目のアルバム『ランド・オブ・ザ・フリー』を発表。このアルバムにはハロウィン時代の盟友 マイケル・キスク や ブラインド・ガーディアン のハンズィ・キアシュがゲスト参加し、ファンタジックな世界観を全編に強調した コンセプト・アルバム ともいえる内容であった。

1994
ガンマ・レイ 1994年 、 ロブ・ハルフォード が脱退した ジューダス・プリースト

1994年 、 ロブ・ハルフォード が脱退した ジューダス・プリースト のヴォーカリストを決めるオーディションに参加したことが発端となり、ラルフが脱退(ジューダス・プリーストのヴォーカリストには ティム・”リッパー”・オーウェンズ が迎えられた。ラルフは一時音楽活動からは引退状態だったが、 シナー のマット・シナーと共に プライマル・フィア を結成、現在も活動中)。カイは新たなヴォーカリストを迎えずに自らがギターと歌唱を兼任することを選択(カイ曰く、「専任ボーカリストが慾しくないわけではなく適任者がいないから」)。

1991
ガンマ・レイ 1991年 に2ndアルバム『sigh no

1991年 に2ndアルバム『sigh no more』を発表。翌年に音楽的な問題からウリとウヴェが脱退、後任として自分たちのスタジオが入っているビルにある隣のスタジオでガンマ・レイの楽曲を練習していたヤン・ルバッハ(ベース)とトーマス・ナック(ドラムス)を迎え、 1993年 に3rdアルバム『インサニティ・アンド・ジニアス』を発表した。普遍的なハードロック要素の強かった前作での批判を受け、王道のパワーメタル、スピードを強調した、 スラッシー な作品であった。その後、 レイジ 、 コンセプション 、 ヘリコン らと共にドイツで行われたフェスティバルの模様を2本目のライブ・ビデオ『lust for live』と『the power of metal 』にて発表している。

1988
ガンマ・レイ 1988年 に様々な問題から ハロウィン を脱退した カイ・ハンセン は、 ハンブルク大学 の分校で音楽理論や幅広い音楽性を学びつつ、

1988年 に様々な問題から ハロウィン を脱退した カイ・ハンセン は、 ハンブルク大学 の分校で音楽理論や幅広い音楽性を学びつつ、 ブラインド・ガーディアン のアルバムにゲスト参加をするなどの活動をしながらソロ・プロジェクトを進め、 1989年 下旬に録音を開始。元 タイラン・ペイス のラルフ・シーパース(ヴォーカル)にウヴェ・ヴェッセル(ベース)、マティアス・ブルヒャルト (ドラムス) を迎え、 ガンマ・レイ というバンドとして翌 1990年 にデビュー・アルバム『 ヘディング・フォー・トゥモロウ 』を発表した 。その後にハンブルク大学在籍時に出会ったディルク・シュレヒター(ギター、現在はベース)、また新たなドラマーとしてウリ・カッシュを迎え、初来日公演も行った。